雨宮天 音楽で彩るリサイタル前御挨拶の懐旧譚


 

9月24日に行われました『雨宮天 音楽で彩るリサイタル』に伴う4thシングル『irodori』の特典イベント、『イベント前御挨拶』に参加させて頂きまして。

 

多分僕が書きたいことと、皆さんが確かめにきたことって別だと思うので先にあの時間のことを、猫背がちに思い出を解いていきたいと思います。

 

その推測的な原因やらは後述するのですが、まぁ当日と言いますかその週はことごとく周囲から「顔色が悪い」、と頂きまして。

そんなに酷かったようです。まぁ、余裕がなかったです。


3歳の僕にはとても大きすぎる経験でした。

 

 

リサイタルの当日、はじめは13時30分に集合との事でした。

受付をしようとしたところでスタッフさんから「ただいまリハーサル中でして、14時にまたお声かけしますので」、と頂き再び鳥籠の外へ。

     

13時55分になると、もう他の方が集合をはじめておりましたので柵の内側へ。しかしここからが長くてねぇ。

結局14時41分まで待機しておりました。

 

その間ズシズシと重みが増していくというよりは、腰椎ヘルニアをお持ちの方なら分かると思うんですけれど雨の日のあの慢性的な痛み、それもだんだん気温が下がっていく中でというあのダブルパンチみたいな痛みがズクズクと慢性的に脳神経にダメージを与えてきまして。


緊張や恐怖心というよりは、これから父親に怒られにいく子供のような心境。

 

そうそう、スタッフさんも「お待たせして申し訳ありません」と非常に心苦しそうにされていたので1つ断っておきますが、準備はとことんやった方がいいと思っているので待たされている感じは全然しなかったですよ。


「これを機に」とスタッフさんとずっと話されている方もいらっしゃいましたし、僕も偶然ご一緒できた親しくさせて頂いている方やこれからよろしくお願いしますという方とお話させてもらいつつ、思考をひたすら濾過していました。


なんかとても冷たい純水が出来上がりましたけれど。

 

 

そうそう、受付の女性スタッフさんに本人確認と手荷物確認をして頂いた際に、僕が使っていた2穴式のトートバック(トートバック2つ縫い合わせたみたいなやつ)をチェックしながら「わー、これ凄い便利そうですね!」とか中に入っていたTrySailアリーナ公演のPCケース(ノートPCではなくノートしか入ってない)を見つけて「あ、使ってくださりありがとうございます!」とお声かけ頂いた事が実は嬉しかったのです。

 

自分もあんな風にあんな場面で気の利いたお話を振れる様になりたいですわね。


 

14時41分になると、男性のスタッフさんの案内で入場となりました。


1列を成して入場、スタンドゾーンを抜け座椅子がズラッと並んだ座席をまっすぐ抜け先頭から順に2列目に並び座るように促されました。

 

座席まで歩いている途中、ふと俯瞰してみると卒業式感満載で。


スタンドゾーンが保護者席で、少し後方は在校生の席、そこを抜け前方に着席するのが本当に卒業式みたいでおかしくて堪らなかったです。堪えたので堪らなかった訳じゃないですけれど。

 

座ったのは2列目24番。なぜかしっかりちゃっかり記憶。


ステージ場を見上げるとキーボードがセットされ、横には座椅子が置かれておりました。

 

 

『あぁ、これは今回のライブにはアコースティック要素あるんだ』と、嬉しさと公演への期待感が湧いてきました。


好きなんですよね、アコースティックというか、アコースティックアレンジ。影の部分に触れられるというか、その歌詞に込められた想いを支える奥底を感じられる様で。

 

『チョ・イ・ス』とか『Velvet Rays』のアコースティック、ピアノアレンジとかでもいいからいつか聴いてみたいなぁって密かにずっと思ってます。

 

緊張されていますか、何をするのか分かりませんもんねという挨拶の後、御本人を少々お待ちくださいということでして。

会場を一通りぐるぐるし見回し、まじまじとキーボードを見つめていると、

 

「キーボードがセットされていますが、このキーボードはこの公演の切り札(見せ場?奥の手?)的ものなので、外の方からレポートを頼まれている方もいらっしゃると思いますが公演までは内緒にしておいてください。」


と、ステージ上先ほどの男性スタッフさんから。

 

(しかし外に橘哲夫さんのプレゼントボックスが設置されており、実は「これはゲストプレーヤーなのか」と話題になっておりまして、その一言で全て繋がってしまったのだ)



お話しされたのはこのタイミングではなかったけれど、文章の構成上ここで書きますが「ステージもご覧の通りこんなですので、今日はステージ見学ではなく御挨拶、ということになりました」とも仰っていました。


 

御本人をお待ちしている間は長く感じたのですが、どれくらい待ったのでしょう。


この待っている状態であと5000年くらい過ぎてくれないかなと思い始めた頃、雨宮天さんが先導されながら、登場されました。

 

 上は会場限定の青いTシャツ(青いTシャツではない)、下は黒のだぼっとしたズボンでスリットが少し入っておりましたのかしら。

 

 

ステージ中央に向かって進まれるも、スタッフさんに「下、下。」と、声を掛けられ雨宮天さんは落ち着かない御様子で下手側の階段を降り、目の前へ。

座席1列挟み、中央に立たれる。

 

 

「段取り分からないので(笑)」と一言の後、「今日はありがとうございます。とても緊張してるんです(笑) 今回はステージがシンプルな感じで、ね!」


と、どう進行したらいいんだろうという笑顔が今になって思い返すと、『Skyreach』プレリリースイベントの頃みたいだったなぁといつもの懐古おじさん癖が出てしまいます。解雇しないでください。

 

そんな事考え自分に起きた出来事を回顧している余裕もなく、蚕が吐いた白繭みたいに白くなっていたんですけれど。

 

とまぁ、そんな風に対面を終えまして先程とは別の男性スタッフさんが雨宮天さんの横に並びまして、袋の中からちっちゃく可愛らしい小袋を雨宮天さんに手渡すのです。

 

「せっかく来て頂いたのでお土産を」と、御本人のそんな趣旨の言葉がございまして。プレゼントコーナーですね。

 

正面中央に立った雨宮天さんが名前を読み上げ、返事をして立ち上がる構図。卒業式だよやっぱこれとお腹が痙攣をはじめかけました。

 

 

このまま呼ばれないままの時間があと3000年続かないかなと一瞬よぎったところで、綺麗なお声で名前を読んで頂きました。

 

なかなか普段下の名前を呼ばれることがないので、自分の名前なのかと一瞬挙動が遅れたのと、なかなか呼ばれないからこそ何故かそれがとても嬉しかったです。


ラジオネームでも未だに慣れないのに、名前はちょっと覚悟していた以上に電撃的で焼ききれてしまいました。

 

 

名前を読んで頂き、返事をして立ち上がりました。

 

雨宮天さんには「ありがとうございます。」と目を見て仰って頂きながら、お土産を両手で渡して頂きました。

 

「いつもありがとうございます、そしてたくさん辛い思いさせてしまったかもしれません、すみません。それでも、これからも応援させてください、応援しています。」

 

 

と伝えたかったんですけれど、伝えたかったんですけれど。

 

 

「これからも応援しています。」

 

口を出たのはこの一言でした。今あの完了してしまった過去に周波数を合わせると、ただ「ありがとうございます・・・」しか言えなかった伝声管から何も変わってないなぁと笑ってしまいながら少し後悔もあるのですが、多分これが僕の本質で本音なのでしょう。

 

 

お顔は憶えていないけれど、今度はしっかり目を見てお礼を言えました。

     

再び「ありがとうございます。」とお声かけ頂き、会釈を交わして着席しました。

 

 

中には詰まりながらも本当に一生懸命言葉を紡いでいる方もいらっしゃって、それは凄く尊敬できる事だなぁと思いました。

 

少し伝声管の感想と同じ気持ちがあるので、そこで書いた事をそのまんま持ってきますけれど、

 

いろんな立場・境遇の方があの場に居た訳なんですが(認識する機会ないだけでどのイベント、いや日常でも実はそうなんですけれど)、いろんな所でいろんな人が頑張って、踏ん張っているんだと直に感じられて、言葉では囲い込めないあたたかい気持ちを頂けるのですよね。

 

そういう経験ってなかなか在るものではないし、本当に在り難いなって。そうなんですよね、いつも本当に在り/有り難い気持ちをくれる方だなって。


そういう存在ってきっと人それぞれにあって、きっと世の中にはいろんな素敵な人がいるんでしょうけれど、でも、僕は雨宮天さんで良かったです。

 

 

プレゼントを全員にお渡し頂きまして。

「この後の公演にも参加してくださる方っていらっしゃいますか?」と問いかけられ、頷いたのか挙手したのか「ハイ」と答えたのかは憶えてはいませんが、一様に意思表示を。

 

「わー、本当ですか!?ありがとうございます!という事はみなさんが公演中どこかにいらっしゃるんですよね!」と、頑張って歌いますという主旨混じりの言葉と合わせて頂きました。

 

「なんか卒業式みたい!」と笑って頂き、再び階段をあがりステージの上に立つ雨宮天さん。

この時も何か言葉を頂いたんですけれど、憶えてなくて風景だけは焼きついています。

 

 

「プレゼントは渡しましたが」と仰った後にピアノについても言及し、うっかり「今日の公演でも」的なことを言ってしまい、スタッフさんから「雨宮さん、それ内緒・・・(笑)」とつっこまれる雨宮天さん。

 

橘さんも下手からご登場。

 

ピアノのことについては「内緒ですからね」と照れ照れの雨宮天さん。

 

 

そして準備を終え

「ここに居るみなさんのためだけに歌います。それでは聴いてください。」

 

 

 

チョ・イ・ス

 

ピアノアレンジ、バラード調でワンフレーズ。

 

 

 

 

 



 

あのねぇ

 

 

あのねぇ

 

最初、『irodori』か『Fleeting Dream』、それかカバー曲だと思ってたんです。

 

イントロの「So 絶対 My Song」をゆっくり抑揚をつけながら歌われはじめ時、あれ、これ何の曲だっけと。パニックですよ。

気づいてからは、もう頭の中でごちゃごちゃ何か築きあげだすのを抑えながら、喉奥の締めつけを感じながら一生懸命聴き漏らすまいとしていました。

 

ゆったりと、こちらを1人1人柔らかい笑顔で包み込んでくれながら、1フレーズ歌唱される雨宮天さん。

 

聴くより、体感、でした。




初披露した2014年12月7日の『月灯り』のリリースイベントでも、ちょうどこんな距離でして、誰か早くこの回顧おじさんを迷子になって開悟する前に介護してやってください。

 

 

でもまぁ、いろいろ2014年のリリースから気づき築いてきた気持ちもあったのでとても感慨深かったです。目と喉奥が痛かったです。


そこら辺りの気持ちは“Various SKY”大阪公演/東京公演とほとんどリンクしておりますので、こちらに書くと長くなりますのでお暇があれば。

 

でもねぇ、このチョ・イ・スが、この上のリンク記事でも触れているデビュー直前のインタビューでのコメントと、このリサイタル夜公演のMCで「歌が、歌うことが好きだけれど、思い通りにならないこともあって好きだからこそそれが苦しくて気持ちが離れていた時もなくもないんです。」と仰っていたこととがリンクして、だからこそそうMCで仰った時もこの歌詞が川上から流れてきて。

 

そのMCで派生した気持ちは、また公演の感想文で書きますけれど。

 

 

時折見え隠れする不安や葛藤はきっと一端でしかなくて、たくさんの不安や足掻きがあったんだろうけれど、いつの間にか彼女の周りにはたくさんの綺麗なメロディが寄り添っていて。


そんなメロディを「これがMy Song」と歌われているのは凄く涙腺にきました。

 

 

これからの旅路は、ドラマチックに決まっていて。


いつでも展開/シナリオは無限に広がっていて、それはきっとアドリブで進んでいって。


未知の明日をチョ・イ・スし続けていくこと、

仮にその選択がどの選択肢だとしても、

その道は素敵なクライマックスへのプロローグになっているのではないでしょうか。

  

It's gotta be your melody

It's gotta get you sing along

It's gotta get un move along

Somewhere on your way along

Sing along your melody

And you sing the song just for yourself

There's no need to be afraid

Let it take you there


(LOCAL SOUND STYLE

『 Starting Over』を元に)

 


どんな時も自分のメロディを口ずさんで進んでいってもらいたいし、僕も自分のメロディを、時に頂いたあのフレーズを口ずさみながら進んでいきたいな。
 

 

「この10人の皆様のためだけに、歌わせて頂きました!」、と。

 


緊張で溜めた息を一気に吐き出す。

代わりに吸い込んだ空気はあたたかくて、自分という存在の純度があがった気がする。


 

これくらいのお弁当箱に、これくらいの「幸せ」というフレーズなんぞにあの時の気持ち全てをそいっと詰めるのはキャパオーバーもいいところだけれど、あの時僕の中に在ったのは、本当にそんなトニックな感情だけでした。

 

 

 

「ライブの挨拶みたいになってしまうんですが、みなさんはこれが終わると御自身の道に戻られますけれど、ぜひ自分の信じた道を突き進んで行ってください。私も、突き進んでいくので。」

 

公演はリラックスして楽しんでくださいねという趣旨の言葉をお話しになり、拍手の中退場される雨宮天さん。

 

企画してくださったスタッフの皆様、そして雨宮天さん、本当にありがとうございました。

 

 

頂いてばかりな上、適切な態度と言葉は返せないかもしれないけれど、夢の中で生まれた責任は果たさないといけないねぇ。

 

がんばります。

     



ここからは当日までに考えていたことと、後述しますといった感情について。
ただただ自分との会話なので読まなくていいと思います。


 
    FOR each ecstatic instant  
  We must an anguish pay  
  In keen and quivering ratio  
  To the ecstasy.  
 
  For each beloved hour  
  Sharp pittances of years,  
  Bitter contested farthings  
  And coffers heaped with tears.
(Emily Dickinson) 
 
 
当選メールを頂いたのが831日。
その日を境に貯め池から言葉がため息と同時に日に日に枯れていく中で、何か考えないといけない、底の部分を考えられるのは今なのかもしれないとずっと考えておりました。
 
エミリー・ディキンソンのこの詩は中学時代から自分の哲学の1で、野球帽のツバ裏に書いた『氣力』って文字の下に頭の2行を書き足したりしてたんです。
 
 
      恍惚の一瞬には
      苦悩で支払わなくちゃならない
      それもとびっきり
      身のよだるような歩合で
 
      いとしいひと時には
      長年かけて貯めた
      なけなしのお金や
      涙の痕のついた宝石箱で
                           (Emily Dickinson)
 
 
原文の「For」の使い方というか、僕はonと同じくらいforが好きなんですよね(そこら辺の話はこちら)

for」は心の矢印的なイメージで、それは必ずしも「toの様に到達する訳ではなくて、ただただその者/物への想い、心。
(leave for~「~へ出発する」とか既に心が飛んでいっているみたいでかわいいですよね)
 
そんな11つの恍惚の出来事に心を込めて向き合っていく姿勢に背筋が伸びる詩ですよね。蛇足。
 
そんな恍惚な一瞬を与えてもらう為に心を全て込めて向き合わないといけないな、苦悩しないといけないな、と。
 
 
当選メールを頂いて、まず頭に浮かんだ言葉は「どうしよう」でした。

「やった!」とか「楽しみ!」「嬉しい!」という感情は深層の部分ではあったかもしれないですけれど、3週間それが出てくることは1度たりともなくて(嬉しいのは間違いないんですけど)。
 
 
他のステージ見学のレポートなどで一言分くらい時間を頂ける様なことを把握していましたので、何をお伝えしようかとその場面を想像してみた時、出てきた言葉は「ありがとう」と「ごめんなさい」でした。

 
「ありがとう」という言葉に濾過される感情や要因、上述した「ありがとう」はほんの一端であって、実際は様々あり、それは都度いろんな記事で散りばめる様に書いてきてたので今回は書く分には焦点を当てないとして、「ごめんなさい」の方を3週間ずっと考えていました。



僕はこうして感想文として好き勝手書いてるけれど、そういう場はどうやっても御本人のユニークで交換不可能な色とは変わってくる訳でそれは時として悪意のごはんになってきたかもしれない

言わば僕は自分で作り上げた虚像を「これが雨宮天さんです」と言っている訳で

手紙だってそうだけれど見知らぬ他人からこんなこと書かれるのって怖いことだろうし、なんか重いし他にもラジオとか、そう思うべきアイコンとして雁字搦めにしていたのではないか、とか。

頭によぎるのはこれまでの色々な悪業でして。

「いつもありがとうございます」と言う気持ちと「いつもすみません」という気持ちは抱き合わせなんだろうなぁ。

だからこそ直接ちゃんとお伝えするべきだったのに言えなかった自分が情けなくなってくるんですけれど。


御本人を傷つけたり生き方を侵犯するようなことでもあったと思う訳で。

僕はね、多分自分の孤独さからその人間性に惹かれて好きになったんだろうなぁって。

飢餓状態を解決する為に一口食べたら、胸焼けしそうな食べ物をひたすら望んでおいて手に入れたら手に入れたで「胸焼けがする」だの「最後までおいしく食べたい」だの別の欲求を働かせている訳で。


結局当日までそんな罪の意識だらけで、御挨拶が終わってからスッと楽になった部分もあるけれど、あの3週間恋人みたいにずっと一緒にいた気持ちは忘れちゃダメだなって思っております。それが僕の贖いの日々なんだろうな、って。


そんな罪の意識はどう処分したらいいんだろうって区役所のホームページも見てみたけれど、回収対象ではなくて、さらに言えばそれは1度装備したら捨てたり取り外しもできない指輪みたいでして。


一方的なコミュニケーションだからもしかしたらちゃんと受け止めてもらえてるのかもしれないけれど、具体的に100%善い応援している人にはなれないけれど、その問いの内には留まり続けにゃいけんねぇ、と。




    FOR each ecstatic instant  
  We must an anguish pay  
  In keen and quivering ratio  
  To the ecstasy.  

    恍惚の一瞬には
      苦悩で支払わなくちゃならない
      それもとびっきり
      身のよだるような歩合で


あれだけの恍惚な一瞬を頂いてるのだから、しっかり自分の道を苦悩して苦労して苦痛を感じながらも突き進むこと

向き合うにはとてもしんどくても、しっかり向き合って苦悩していくこと。身のよだる歩合でたくさん考えて苦悩していくこと


それが恍惚のひと時に対して、僕の価値観で言うところの、僕が支払わねばならない対価なのだろうな。

はじまるまでは完全に甘えのないネガティブだったけれど、とても良い時間で

その時間はどんなに一瞬であれ、自分勝手なものであれ、それでもこんな僕という存在を生かし続けてくれるとても貴重な一瞬だったのだと思う。